2006年06月27日

日本って変だ

オーストラリアから来てくださったテッサ・モーリス・スズキさんが、外から見た日本の問題について、とても分かりやすく話してくださいました。(日本語で)

 たとえば、アイヌの事。
 日本の北方(東北から以北)に住んでいた先住民族のアイヌから、二百年ほど前から、武力と経済力であらゆる物を奪ってきました。これは、いわゆる「侵略」というものです。
それに対して正式な謝罪も、納得のいく保証もなく、学校では「差別される少数民族」としてしか扱われず、彼らの心は傷ついたまま放置されています。
いくつか彼らのための法律が作られましたが、実態を大きくかえる力にはなっていません。

 大通公園に開拓使の銅像はあるけど、アイヌの銅像が無いのはなぜ?(アイヌが“銅像"を希望するかどうか分かりませんものね。)
学校でアイヌの文化が教えられていないのはなぜ?

 北海道は、けっして歴史の浅い土地ではないのです。
なぜならアイヌという大先輩が太古の時代から、自然と見事に共生する知恵を持って暮らしていたからです。
 そう考えると「開拓記念館」や「百年記念塔」は、アイヌの人々にとっては「侵略」という痛みの象徴に見えるのかもしれません。

 昨日、ご一緒したアイヌ・アート・プロジェクトの結城さんが「北海道の人はアイヌを知らなすぎる」と言っていました。そして「互いの思いやりが大切だ。同じ“北海道人"として生きていきたい」とも。

 僕は、子ども心に「アイヌ」と「差別」を結びつけて受け取っていて、なんとなくその事に触れるのを避けていた気がします。「奪われたといっても、過去の話だし...」というような思いがありました。
しかし、今を生きているアイヌの人々の傷は、今も続いています。その過去の傷を癒す事をしないで、どんな未来があるでしょう?

在日の朝鮮人、韓国人、台湾人の方々の過去についても「それはないでしょ〜!」というような事実がを知りました。これらの過去を見ないふり・無かった振りをしていては、何も変えることができないと思います。

 今の日本政府が目指している「格差社会・勝ち負け社会」とはまったく反対方向にある「共生・共存・共同で思いやりのある社会」をめざして行きませんか?
posted by フジワラトシカズ at 12:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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