2008年09月29日

国連を乗っ取る反米諸国

 経済の破綻により、米英の横暴で暴力的な支配力が低下するなか、いままで散々な目に遭っていた中南米やアラブ諸国、そしてロシアと中国などの「反米諸国」が手を結んで、世界の流れを変えよとしている、という内容の記事です。


「国連が反米諸国に乗っ取られ、国連を使って国際問題をでっち上げていた英米の支配力が低下することは、国連が世界の諸問題を本当に解決できる機関に変身できる可能性を秘めている。」

この文章の最後のことばに期待します。


国連を乗っ取る反米諸国

2008年9月28日  田中 宇

 9月16日、ニューヨークのウォール街で大手金融機関が連続破綻し、経済に関するアメリカ中心体制の崩壊が始まった日、ウォール街から6キロほど離れた国連本部では、政治に関するアメリカ中心体制の崩壊を宣言するかのような、国連総会の新議長の演説が行われた。

 この日、国連では年次総会が開始され、ニカラグアのミゲル・デスコト・ブロックマン元外相(Miguel d'Escoto Brockmann)が、総会議長に選任された。ブロックマンは就任演説で「安保理事会の中には、戦争中毒の国(アメリカ)がおり、世界の平和と安全を脅かしている」「(米軍のイラク)侵攻によって120万人もの人々が殺された」と、アメリカを酷評した。(関連記事)

 国連総会の議長任期は1年間で、ブロックマンはこの1年間で国連改革を進め、「拒否権」など絶大な権力を持っている安保理の常任理事国(米英仏露中)の権限を減少させ、代わりに全加盟国が出席する総会の権限を拡大することで、国連を「民主化」したいと言っている。彼はまた、発展途上国に対して借金取り的な財政緊縮政策を強要してきた、米欧が支配する組織であるIMF(トップは必ず西欧人)と世界銀行(トップは必ず米国人)を改革したいとも表明した。(関連記事)

 1960年代に非同盟諸国の運動が世界的に活発化して以来、国連では、発展途上国が結束し、欧米(米英)による世界支配や、米ソ2極的な覇権体制を非難する動きが続いてきたが、ほとんどの動きは、途上国側が分裂させられて沈静化して終わっている。今さら、たまたま国連総会の議長に中南米の反米論者が就任して1年ほど騒いだところで、具体的な変革など何も起きるはずがないと考えるのが常識かもしれない。

 しかし私が見るところ、ブロックマンの国連総会議長への就任の裏には、世界的な策略がある。ベネズエラ、ブラジル、イラン、ロシア、そしておそらく中国までが絡んだBRIC+反米諸国という「非米同盟」による、米英中心の世界体制を変えようとする多極主義的な策略である。今この策略が加速しているのは、金融危機による米国の経済覇権崩壊との相乗効果を狙ったものだろう。



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2008年09月11日

着々と闇の中すすむ日本の死刑執行


保坂展人のどこどこ日記から
「保岡法務大臣の死刑執行に抗議する 」
http://blog.goo.ne.jp/hosakanobuto/e/607807a24eb3fb1e6d523f8b5b8b5cf8

 来年から始まる「裁判員制度」では、「国民からくじで選ばれる裁判員が短期間に判断を迫られる」ことになる。そして、選ばれた人には、生涯その事柄を人に話してはいけない守秘義務が課される。

 死刑が、犯罪の抑止力にならないことはすでに世界共通の認識である。

 「国連総会で死刑執行停止決議が昨年12月採択された」ということ。

 日本の司法制度の不備による「冤罪」の可能性。

あらためて、「死刑」について考え直す時が来ていると思います。

ベルトコンベアーのように死刑執行をはじめた鳩山前大臣と保岡法務大臣。
「死刑大国」の道を歩む日本。

この流れは、まず止めるべきです。
posted by フジワラトシカズ at 18:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2008年09月09日

作られる敵対 イスラエルvs.アラブもか!?

イスラエルの戦争と和平
2008年9月9日   田中 宇
http://tanakanews.com/080909israel.htm

[抜粋]
 イスラエルは1948年、イギリスの植民地(国際連盟の信託統治領)だったパレスチナの西側4分の1の地域で建国した。中東全域を支配していた英は、中東の各勢力をできるだけ分割し、相互に敵対状態を永続させることで、外部から支配している英が漁夫の利を得て仲裁役に立てる均衡戦略(バランス・オブ・パワー)を採っていた。

 その一環として、英はユダヤ人国家の領土が大きくなりすぎないよう、パレスチナの東半分(ヨルダン川東岸)でアラブ人の国王(ハーシム家)に建国を許し、トランスヨルダン(今のヨルダン)を作った。さらに、トランスヨルダンとイスラエルの間には、1947年の国連決議などによって、パレスチナ人の国家建設が予約された。欧州の国際政治の舞台裏で長く活躍し、国家運営の技能に長けたユダヤ人に広大なパレスチナ全土を与えたら、英を中東から追い出すほど強いイスラエル国家が建設されると恐れ、英はイスラエルの領土をできるだけ小さくしたのだろう。

 加えて、英はアラブ側にイスラエル敵視の感情を植え付けた。英は、第二次大戦でアラブ諸国がドイツの味方をしないよう、アラブが夢見る「民族統合」のための組織「アラブ連盟」(アラブ諸国の連合体)を1945年に作ってやったが、その後約60年のアラブ連盟の歴史を見ると、米英に都合の良いように分裂され続けている。アラブ連盟は、英の傀儡組織と疑われるが、同時に同連盟は、イスラエルを強く敵視する組織であり続けてきた。

 1948年のイスラエル建国時に、イスラエルに宣戦布告したのはアラブ連盟だったし、1979年にイスラエルと和解したエジプトは、連盟から除名された(10年後に復帰した)。英(米の軍産英複合体)は、アラブ連盟を使って、アラブとイスラエルとの永続的対立を維持してきたといえる。覇権国によって作られた敵対構造の中で、イスラエルがアラブに和解を提案しても、拒絶されるだけだった。

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2008年09月08日

『裁判員は「壁の落書き」を見る目があれば可』(最高裁)

保坂展人のどこどこ日記
裁判員は「壁の落書き」を見る目があれば可』(最高裁) から


裁判員制度を問う / 2008年09月08日

裁判員制度をめぐる議論を臨時国会でしっかりやろうという私たちの姿勢はよそに、福田総理は政権を投げ出してしまい、2年続けて「自民党総裁選騒ぎ」に突入して、解散・総選挙へと向かっている。「一日も早い解散・総選挙を」と訴えてきたが、国会での議論もしっかり行なうべきではないか。しかし、国会で議論をすればするほど、与党が形勢不利になるという判断をするのであれば、総選挙で決着するしかない。その際に、裁判員制度も重要なテーマであり、各党がそのスタンスをはっきりさせて有権者の審判を仰ぐべきだと思う。先日、社民党で行った勉強会の席で、次のような「最高裁ホームページ」の記事が話題になった。

法律を知らなくても判断することはできるのですか。

裁判員は,事実があったかなかったかを判断します。裁判員の仕事に必要な『法律に関する知識』や『刑事裁判の手続』については,裁判官が丁寧にご説明します。

皆さんも日常生活の中で,何らかの根拠から事実があったかどうかを判断することがあると思います。 例えば,壁にらくがきを見つけたお母さんが,このいたずらは兄と弟のどちらがやったのかと考える場合,「こんなに高いところには弟は背が届かないな。」とか,「このらくがきの字は弟の字だな。」とか,らくがきを見てどちらがやったのかを考えると思います。

刑事裁判でも証言を聞いたり,書類を読んだりしながら,事実があったかなかったかの判断をしていくので,日常の生活で行っていることと同じことをしていると言えます。

最高裁ホームページ


壁の落書きだって、弟が踏み台に乗ることもあるだろうし、文字ではなくて絵でどちらかまるで判らない場合もある。いちいち、持ち出してくる例が卑近で、国民を小馬鹿にしたような「わざとらしさ」が目につく。最高裁が行っている裁判員裁判の模擬裁判では「死刑求刑事件」の模擬裁判を行わない理由とシンクロしてくる。厳しく陰惨な事件の裁判を、裁判員裁判で行うというのに、「死刑問題」が政治的に微妙な時期だからと言って避けるのは納得できない。皆さんからの意見を呼びかけたら、Uさんからメールをいただいた。

裁判員制度についてのUさんからの手紙

裁判員制度について、先生のブログ拝見しました。私もまったく同感です。質問主意書を出したりして、是非法務省の姿勢を追及してください。貴党の御活躍を期待しております。 もし、廃止がまにあわなかったら、全員辞退する運動をしてほしいと思います。

裁判員制度について、とても重大なことなのに、なぜマスコミは法務省の下請けのように、裁判員制度がはじまるという視点でキャンペーンの一翼を担うような報道しかしないのでしょうか。なぜ、裁判員制度自体の当否をしっかり検証しないのでしょうか。本当に実施されたら、まさに「第2の後期高齢者制度」のように混乱すると思います。

以下、条文と、法務省ならびに裁判所のHPを読んで、私が感じている、制度の疑問点(批判)です。

・そもそも「司法への国民参加」というが、なぜその名の下に、事実上参加を強制されなくてはいけないでしょうか。「裁判官以外の人間が、ひとを裁く」ことに対して、それが自分の思想信条に反する場合はどうなのでしょうか。私は自分の良心に従いたいと思います。ひとを裁くことはそんな簡単なことなのでしょうか。

私は、それはある意味、神の領域に近いような重い責任だと思っています。それは裁判の歴史を考えてみれば自明のことです。裁判官に対する俸給や身分保障、社会的地位はその裏返しだと思うのですが。極端に言ってしまえば、裁判員制度は裁判官の責任放棄であるとも感じています。

・裁判所のHPのQ&Aの内容も大変不誠実だと思います。

裁判での判断は、壁の落書きと同じ程度の軽いものですか。なぜ評議で裁判官と同等の権限である裁判員は、判決書に署名しないのか、合理的な理由を教えてください。なぜ、HPで揚げるやむをえない事情辞退事由の例に、あえて精神的不利益を例示しないのですか。

・国民は、すでに国民審査という形で司法に参加しています。 これは本来、国民の司法に対する相当の関与であるはずです。国が広報をするのであれば、国民審査を形骸化させないように、啓発して充実させるほうが、よほど大切だと思います。

・裁判員法は主体的な刑事裁判への国民参加ということをいいますが、なぜ主体的
に刑事裁判に無理やり参加させらればいけないのでしょうか。

法は、制度の見直し規定を入れているが、裁判員制度を存続させ、充実させる方向でしか、書かれていません。

・過去の裁判例の積み重ねに関する知識がない、素人が事実認定と量刑の判断に加
わることへの違和感、量刑がばらつくことの危惧があります。事実上、裁判員による裁判すなわち1審の意味がなくなり、2審で量刑のばらつきを是正することになるのではないでしょうか。

・事実認定、責任能力が問題になった場合、たとえば弁護側と検察側とで対立する
ような精神鑑定や法医学鑑定書の内容を裁判員は「市民常識」で、読み解けるのでしょうか。

・憲法違反ではないか(18条、19条)。国民を強制的に「動員」することへのある
種の違和感があります。それから、なぜ、辞退するのに理由を言わなければいけないのか。思想信条の自由は、思想を無理やり表明させられないという、沈黙の自由もあるのではないでしょうか。仮に思想信条の自由を理由に辞退できるとして、なぜ裁判所に対してその思想信条を表明しなければいけないのでしょうか。

さらに憲法でいえば、裁判にとってもっとも大切な裁判官の独立、すなわち裁判官が「独立」してその職権をおこなうことに抵触するのではないでしょうか。

・テレビで報道された模擬裁判では、あえて、傷害事件のような、明白なわかりや
すい例だけ意図的に扱っていますが、実際、死刑か無期か、死刑か無罪かという選択を迫られるような事例のときに、その判断を下すような重い選択、その精神的心理的負担をなぜ素人の市民が10000円(日当)でしなくてはならないのでしょうか。

・残虐な証拠写真や書類に目を通したり、究極の判断を迫られたことに対するPTSD
などの問題は、予算900万円で電話相談してすむような軽いものなのでしょうか。あまりにも人の心を安易に考えすぎていると思います。

以上が今自分で考えている疑問です。事実に誤りがあったら申し訳ありません。一言で言うと、ひとを裁くということ、人の自由や生命を剥奪しなければならな
いことに関する重みの認識がまったく考えられていないと思います。

「国民の司法参加」のひとことで片付く問題なのでしょうか。 国民の司法参加の一言の薄弱な根拠で本当にいいのでしょうか。そもそも国民の司法参加がなぜ重大な刑事裁判への参加なのでしょうか。私は、たとえ刑罰を科されても参加しないでいようと思っています。

法律はできてしまいましたから、実施までに廃止が間に合わなければ、通知を受けたひと全員が、無視して、参加しなければいいと思います。10万円の過料(行政罰)を払えば参加しなくてもよいということでしょうか。

此の現実を無視して、唯(ただ)徒(いたずら)に聖戦の美名に隠れて、国民的
犠牲を閑却し、曰く国際正義、曰 く道義外交、曰く共存共栄、曰く世界の平和、斯くの如き雲を掴むような文字を並べ立てて、そうして千載一遇の機会を逸し、国家百年の大計を誤るようなことがありました。ならば、現在の政治家は死しても其の罪を滅ぼすことは出来ない。

これは、斎藤隆夫の帝国議会での発言です。「司法への国民参加」の美名の下に、・・・ろくな見通しもないまま始まろうとしているこの制度は、国家の大計を誤り、今までに積み上げてきた司法に対する信頼を失わせてしまうのではないでしょうか。知的に不誠実であり、説明不足もはなはだしいと思います。

[Uさんのメール終了]

今後もたくさんの方から御意見をいただきたい。総選挙前の「論点」にしっかりすえていこうと思う。

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2008年09月06日

ケータイと脳腫瘍

「ケータイで脳腫瘍」論争 ガン研究所が警告、全米No1トーク番組「ラリーキングライブ」が2回特集
http://www.mynewsjapan.com/reports/902

「因果関係がある」という研究結果と「ない」という研究結果。
水俣病の時にも、政府・企業と近しい学者が同じ事をしていましたね。
今も「遺伝子組み換え」やら「放射能被害」に関しても御用学者≠ニいわれる人たちがセッセセッセと反対の発表をしています。

世の中の構図が、だいたい分かってきましたよね。

あ〜、子どもに特に影響がありそうですね...
posted by フジワラトシカズ at 23:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記